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講談社現代新書

説得の文章技術


説得の文章技術

a.四百字詰原稿用紙五枚に、マルの数はいくつありますか?
b.漢字をどれくらい使っていますか?

これは、あなたの文章の「説得度」を測るテストの一例です。
文章で相手の共感を得るにはどうしたらいいのだろうか。

比喩を巧みに使いこなせ、センテンスは短く、過度の漢字・仮名を避けよ、おもしろい話は最初の方に、真似から始めよ、ビジネス文章では「型」をマスターせよ−−など、ヘミングウェイから椎名誠まで、豊富な文体実例を推計・分析するなかから、チェック・ポイントをわかりやすく手ほどきした。    


本書「はじめに」より
フランスの哲学者、パスカルは、人を説得するのには、二つの方法があると述べている。

その一つは、人の気にいるようなもののいい方をする方法であるという。いま一つは、理づ めに徹底的に議論して、相手を論破する方法であるという。そして、パスカルは、第一の方法 は苦手なのでと断って、第二の方法、つまり、論理による説得の方法について、くわしく述べ ている。

パスカルの述べたこの二つの方法を、いま、次のように名づけよう。
  • 共感による説得の方法
  • 論理による説得の方法
パスカルが述べた方法以外にも、人を説得するさまざまな方法がある。 とくに、次の方法は、「共感による説得」や、「論理による説得」と同じぐらいに重要である と思う。
  • 事実による説得の方法

    たしかな事実や証拠を、きちんとした形で提示することは、そ れだけで、大きな説得力をもつ。

    新聞がもつ影響力は、この方法による。ドキュメントや ノン・フィクションもののおもしろさは、事実の重みによる。会社などでも、論理や理屈 よりも、データの尊重されることが多い。

    「百聞は一見にしかず」ともいう。どんなに気 にいるように話しても、論理的に説得しても、納得しなかった人が、事実をみて、納得す ることがある。事実や情報にも、集め方、整理のし方、述べ方がある。
この本では、この三つの方法を柱とし、次の順序で、その「技術」を述べたい。
  • 共感による説得の方法
  • 事実による説得の方法
  • 論理による説得の方法
この本では、とくに、(a)の「共感による説得の方法」に重点をおく。(a)は、これまで、あま り体系的に述べられることがなかった。しかし、説得において、相手の共感をうる方法は、大 きな位置をしめる。

現在、わが国においては、文章関係の本がずいぶん出版されている。しかし、そのほとんど は、文章経験の豊かな人が、その経験から、文章についてえたこと、考えたことをまとめたも のである。もちろん、そこには、よい文章を書くコツ、能率よく文章を書くコツについての、 有益な意見のみられることが多い。

しかし、文章についての、ある程度の理論的な背景をもって書かれた本は、意外に少ない。 説得や文章などを考えるにあたって、ある程度の理論が必要であることは、ちょうど、野球 や水泳などのスポーツにも、理論が必要であるのと似ている。

理論は、個々の経験、技術を整 理し、ある種の法則性をみいだすところから生まれる。一度生まれた理論は、経験や技術を導 く指針となる。そしてまた、個々の経験によって、理論は、改善されていく。 理論と経験とは、相互依存の関係にある。

アメリカで刊行されている文章関係の本には、ひじょうにたくさんの文章を、ひじょうにた くさんの人に読んでもらった調査の結果にもとづいて書かれたものが、かなりある。

わが国でも、お茶の水女子大学の学長をされた波多野完治氏がうちたてられた「文章心理 学」の流れをくむ研究がある。私も、本来の専門領域は、「文章心理学」である。

さらに、ギリシャの雄弁術に端を発する修辞学(rhetoric)の流れをくむ研究がある。修辞学 は、明治期にわが国に紹介され、先の波多野氏の「文章心理学」にも影響を与えたが、現在 も、生命を失っていない。

最近も、渡部昇一『レトリックの時代』(ダイヤモンド社刊)、佐藤信夫『レトリック感覚』 〈講談社刊)などの、修辞学の流れをひく良書が、刊行されている。

長い伝統をもつ修辞学では、いかに適切なことばを用いるかが、鋭く分析されている。 レトリックは、もともと、雄弁術や、雄弁術にもとづく説得術を意味する。現在、とくにア メリカでは、作詩法に対する構文法や、作文書の意味で用いられている。

理論や学問は、一定の方法と論理とにもとづく。そのため、理論や学問は、しばしば、個人 的な経験だけでは、気がつきにくいことを、教えてくれるものである。個人的な経験を整理し、 ある種の法則的なものをひきだし、心理学や修辞学、あるいは、言語学などの理論にもとづく 説明をし、必要があれば、検証のための実験.調査を行う。

これによって、個人的な経験は、より普遍的、より客観的な知識へと昇華する。 私のこの本は、これらの学問の成果を骨格とし、できるだけ豊富な、現代的実例をあげなが ら、説得の文章技術を考えてみようとしたものである。

この本が、文章による説得を考えるさいの参考となるところがあれば幸いである。 なお、このような本の性格上、本文中では、敬称はすべて略させていただいた。お許しいた だきたい。

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