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第315回 邪馬台国の会
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1.「旧石器捏造事件」のいきさつ (竹岡俊樹先生) |
■石器について 石器として、鼓打器、刃器、ナイフ形石器、切出形石器、尖頭器、細石刃がある。 石器の剥離面の属性(バルブ、フィッシャー、リングなど)から人口か自然かによるものかを判断する。 要点はその剥片をみて、研究者は自然にできたものか、人工によるものか判断する。 遺跡に散らばる石の遺物から、一つの遺跡に加工工程の全体が残るのはなかなかないが、あるのは前期旧石器時代以前となる。 旧石器捏造の問題は発掘された石器をきちんと分析できなかったことである。研究者がきちんと判別すれば、あのようにだまされるはずがない。 ■日本の旧石器時代研究史 戦後になって、岩宿遺跡(群馬県みどり市笠懸町岩宿)が相沢忠洋氏(あいざわただひろ)によって、1949年に発見される。相沢氏からの情報から、明治大学の芹沢長介(せりざわちょうすけ)氏は、杉原荘介(すぎはらそうすけ)氏とともに、岩宿遺跡の本格的な発掘を実施した。その結果、旧石器の存在が確認され、日本における旧石器時代の存在が証明されることとなった。 日本の旧石器は新たな段階となる。 ■旧石器捏造事件 尚、今回のHPの記載はおおまかですので、詳細については季刊邪馬台国114号、116号(2012年)などを参照してください。
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2.「旧石器捏造事件」について(安本美典先生) |
■「旧石器捏造事件」から言えること ・マスコミも、世論も多数意見になびく傾向 ■最近の古人類学者の多数意見をまとめれば、およそ、つぎのようになる。 (1)いまからおよそ500万年まえに、人類の祖先とチンパンジーなどの類人猿の祖先とがわかれた。アフリカでのことである。 (2)いまからおよそ150万年ないし180万年まえに(この年代はしだいに古くみつもられるようになってきている)、人類の祖先のホモ・エルガステルの一団が、アフリカを離れ、ユーラシア大陸に進出した。第一次のアウト・オブ・アフリカ(出アフリカ)である。 (3)アジアの北京原人、ジャワ原人などのホモ・エレクトスは、ホモ・エルガステルからわかれたとみられる(言葉は、話せなかった可能性が大きい)。 (4)いまから10万年まえごろ、現代人の祖先(早期ホモ・サピエンス)は、アフリカから中東にでて、アジアとヨーロッパとに進出した。第二次アウト・オブ・アフリカである。 (5)したがって、日本で発見される50万年まえ、60万年まえの遺跡は、ホモ・エルガステルからわかれた原人のものとみられ、現代日本人には、つながらないことになる。 原人(ホモ・エレクトス)が、新人(ホモ・サピエンス)につながらない、とする多数意見は、そうとう確実な根拠をもつ。これをくっがえすのは、容易なことではない。
■言語の問題 ①現生人類は、言語能力をもつ。とすれば、進化のどこかのプロセスで言語能力を獲得したことになる。 新人アジア起源説も成立する余地が、なおありそうにもみえる。 (疑問はのべながら、多数意見をとりいれる形になっている) ■岡村氏の説は世界全体の説と違っていた。 岡村道雄『日本旧石器時代史』(雄山閣出版、1999年刊)では、下記の図のように、
原人がアフリカから出て、各地域で進化して、現代人のホモ・サピエンス(新人)になったとしている。この時代はつまり教会燭台モデルである。
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3.竹岡先生・安本先生対談 |
安本:当時の内容から、岡村氏の意見に対し、旧石器の素人である私でもおかしいと思ったことを、何故専門家が分からなかったのだろうかと不思議に思った。 竹岡:藤村氏は岡村氏が望んでいたもの、更に芹沢氏が望んでいたもの、両者が満足するものを埋めていた。秩父の発掘のころは鉄道の敷石も埋めていた。相当ひどいものを埋めていても誰も分からなかった。 安本:このような事件があり旧石器の不信感から、大分市の丹生遺跡など前期旧石器遺跡は全滅なのか?または前期旧石器の遺跡はあると思うか? 竹岡:日本に旧石器時代の遺跡はあったと思う。大分市の丹生遺跡で30万年前と思われる。 安本:このような捏造事件があったけれど、旧石器時代は全滅ではないのですね。 竹岡:考古学についてフランスでは勉強のシステムがあり、偽物を見分ける力がつくが、日本での大学院では放任主義でなかなか実力がつきにくいのではないか。 その他の内容もありましたが省略します。
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