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絹のデータベース



 絹製品出土地と時代

 
  

  時代 遺跡名称
 弥生前期末 福岡市早良区有田遺跡
 弥生中期初頭 福岡市西区吉武高木遺跡
 弥生中期前半 福岡市博多区比恵遺跡
 弥生中期前半および後半 福岡県甘木市栗山遺跡
 弥生中期中葉 佐賀県神埼郡神埼町朝日北遺跡
 弥生中期後半 福岡県飯塚市立岩遺跡
 弥生中期後半 福岡県春日市門田遺跡
 弥生中期後半 福岡県春日市須玖岡本遺跡
 弥生中期後半 福岡県太宰府市吉ヶ浦遺跡
 弥生中期後半 長崎県島原市三会村遺跡
 弥生中期後半 福岡市西区樋渡遺跡
 弥生後期初頭 福岡県甘木市栗山遺跡
 弥生後期終末 福岡市西区宮の前遺跡
 弥生後期終末〜古墳前期 福岡市東区唐の原遺跡
 古墳前期初頭 富山市杉谷A遺跡
 古墳前期初頭 福岡市博多区那珂八幡古墳
 古墳前期後半 京都府中郡峰山町カジヤ遺跡
 古墳前期後半 奈良県天理市柳本町大和天神山古墳
 古墳前期後葉 石川県七尾市国分町国分尼塚一号墳
 古墳前期末 福岡県糸島郡二丈町一貴山銚子塚古墳
 古墳前期末 京都府福知山市広峰15号墳
 古墳前期 島根県安来市矢田町椿谷古墳
 古墳前期 島根県安来市小谷土礦墓
 古墳前期 島根県安来市矢田荒島町造山3号墳
 古墳前期 島根県飯石郡三刀屋町松本1号墳
 古墳前期 奈良県桜井市外山桜井茶臼山古墳
 古墳前期 福岡県太宰府市菖蒲ケ浦古墳
 古墳前期 京都府園部町園部垣内古墳
 古墳前期末〜中期前半 熊本県宇土市松山町向野田古墳


 識者のコメント

 
■考古学者 森浩一氏
ヤマタイ国奈良説をとなえる人が知らぬ顔をしている問題がある。(中略)

倭人伝では、”養蚕をおこない、糸をつむぎ、細やかな(けん)や緜(めん)を作っている”。作っていただけでなく、魏へ二度めに派遣された使者が献じた品物のなかに、”倭錦、、緜衣、帛布”などがある。(中略)

布目氏(布目順郎氏、京都工芸繊維大学名誉教授)の名著に『絹の東伝』(小学館)がある。目次を見ると、『絹を出した遺跡の分布から邪馬台国の所在地等を探る』の項目がある。

簡単に言えば、弥生時代にかぎると、絹の出土しているのは福岡、佐賀、長崎の三県に集中し、前方後円墳の時代、つまり4世紀とそれ以降になると奈良や京都にも出土しはじめる事実を東伝と表現された。

布目氏の結論はいうまでもなかろう。倭人伝の絹の記事に対応できるのは、北部九州であり、ヤマタイ国もそのなかに求めるべきだということである。この事実は論破しにくいので、つい知らぬ顔になるのだろう。

■京都工芸繊維大学名誉教授 布目順郎氏
弥生後期の絹製品を出した遺跡もしくは古墳は、すべて北九州にある。
したがって、弥生後期に比定される邪馬台国の所在地としては、絹を出した遺跡の、現時点での分布からみるかぎり、北九州にあった公算が大きいといえるであろう。

わが国へ伝来した絹文化は、はじめの数百年間、北九州で醸成された後、古墳時代前期には本州の近畿地方と日本海沿岸地方にも出現するが、それらは北九州地方から伝播したものと考えられる。

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