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説得の文章術

説得の文章術
本書目次    

第一章 文章革命の時代
第二章 説得と日本語のリズム感
第三章 読みやすい文章、おもしろい文章とは
第四章 センテンスは短いほうがよい
第五章 漢字をどのていど使うか
第六章 宗教家の説得法を考える
第七章 事実にもとづく説得のポイント
第八章 論理による説得のコツ



本書「はじめに」より
ある中年の女性から、相談を受けたことがある。その女性を、かりにAさんとしよう。 Aさんは、いまはやりの「社会人入試」によって、ある大学の中国語学科を受けてみたい という。

その大学の入試は、「作文」と「面接」だけとのことである。作文の「過去問」では、「森林」 とか「海」などの題が出されているという。

Aさんが、過去問のテーマで書いてきた作文を、見せてもらう。

私がいう。
「まずまずよくまとまっています。水準以上ですね。字もとてもきれいです。しかし、内容にもうひとパンチ、パンチカが欲しいところです」

Aさんが答える。
「先生、それよりも私、ほんとうに困っていることがあるのです。この作文を書くのに、5時間以上もかかっているのです。試験時間は1時間ですのに。とくに書きだしだけで、1時間以上かかっています。書きだしを考えているまに、試験が終わってしまいます!」

私が、少し考えてからいう。
「では、こうしなさい。どんなテーマが出ても、『私は現在、46歳の主婦である。一念発起して大学を受験することにした』から書きはじめなさい。その書きだしと、テーマとを、どう結びつけるかの練習をしなさい。たとえば、『私はいま、勉強をしたい』『知識の海に漕ぎだしたい』『知の森林に分けいりたい』とかね。(以下は、冗談風に)試験の採点をするのは、ふつうわりに若い先生です。年齢や意欲をアピールすれば、ビビッて、少しよい点をくれるかもしれませんね」

そのほかに、二、三のアドバイスをした。私のアドバイスがよかったのかどうか、Aさ んは大学に合格した。

文章の書きだしには、エネルギーがいる。その書きだしを「セット・フレーズ」にしておけば、エネルギーと時間の節約になる。アピールしたいことは、明確に述べる。また、一言か二言つけ加えるだけで、文章の印象が大きく変わってくることもある。これらは、文章のことを、いつも考えている者にとっては、ほとんど自明の、単純で基礎的な原理である。文章はなにも、つねに創造的に書く必要はないのだ。

日本でこれまでに出版されている文章関係の本は、文章を書くさいの心構えなどを説くか、著者の経験を述べるか、あるいは、表記上の細かい注意を書いたものなどが多い。

たとえば、「できるだけ読みやすく、わかりやすい文章を書きなさい」と述べて、著者が読みやすいと思う文章、読みにくいと思う文章の例をあげる。あとは、読者がよく読み、見くらべて考えよ、というのである。

どうすれば「読みやすく」できるかについて、具体的に操作できる形で述べられていない。

これに対し、アメリカの文章関係の本は、文章を分析し、調査し、そのうえに立って、 具体的なノウハウを記しているものが少なくない。私は、アメリカの文章関係の本のような書き方をめざした。

先年、私は、スイミング・スクールに通っていたことがあった。そして、そこでのコー チの指導説明の仕方が、具体的、分析的、科学的であるのにびっくりした。たとえば、クロールのばあいは、手を何度(何度か忘れたが)ぐらいの角度で水に入れるようにしなさい、といった具合である。文章の指導も、こうでなくっちゃ、と思う。

私のこの本は、あるていどの理論を骨格とし、できるだけ豊當な現代的実例をあげなが ら、文章上達のノウハウを具体的に考えてみたものである。
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