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奇書『先代旧事本紀』の謎をさぐる

奇書『先代旧事本紀』の謎をさぐる

『先代旧事本紀』探求の集大成!!

私たちは、史書といいうる古代文献を、それほど多くはもっていない。

奈良時代から平安初期に成立した歴史文献は、『古事記』『日本書紀』など十指に満たない。 『先代旧事本紀』はその十指に入る。

古代の豪族物部氏研究に不可欠の貴重な史書である。 ただ、「偽書」の声も強く、本格的な研究にとぼしい。

本書は、不遇な史書『先代旧事本紀』の主要研究を網羅的に整理し集大成した、研究者必読文書である。


本書「はじめに」より


『先代旧事本紀』(『旧事紀』)は、わが国の古代史を解明する重要な鍵となりうる文献である。そし てまた、『先代旧事本紀』は、議すべき問題点も多い史書である。

そもそも、『先代旧事本紀』そのものを、偽書とみるべきか否かという論争がある。

問題点そのもの、そして問題点についての主要な研究は、この本のなかで、ほぽ網羅的にとりあげられて紹介され、議論されていると思う。

この本は、『先代旧事本紀』探究の現代の到達水準を示すことをめざした。

私たちは古代に成立した文献をそれほど多くもつているわけではない。

奈良時代に成立した主要な文献は、『古事記』(七一二年成立)、『日本書紀』(七二〇年成立)、 『風土記』(733年に『出雲風土記』成立)、『懐風藻』7(751年成立)、『藤氏家伝』(760〜762年ごろ成立)、『万葉集』(最終的に782、3年ごろに成立したとする説がある)など、十本の指で十分数えられるほどである。

そしてそれにつづく平安時代の初期に成立した主要な文献としては、『続日本紀』(797年成立)、 『古語拾遺』(807年成立)、『新撰姓氏録』(814年成立)、『日本霊異記』(822年以後数年間のうちに成立か)、『先代旧事本紀』(828年前後に成立か)、『日本後紀』(840年成立)など、やはり十本の指で数えられるていどである。

そして、ここにあげた本のほとんどは、くわしい注釈や、読み下し文のついた本が、何種類か刊行 されている。

ただ、『先代旧事本紀』のばあいは、とりあつかいのむすかしさからか、やや敬遠されているきら いがある。

『先代旧事本紀』の、現在比較的容易に入手できる注釈・読み下し文のついた本は、大野七三氏の『先代旧事本紀訓註』(批評社刊)ぐらいのものである。

『先代旧事本紀』は、いろいろな問題はあるにしても、平安時代の初期には成立していたとみられる 貴重な文献なのである。もっと多くの探究が行なわれてしかるべきである。

とくに、『先代旧事本紀』は、蘇我氏の台頭以前において、もっとも有力であった豪族・物部氏に ついて探究するばあいには、逸すべからざる文献である。

物部氏は、初期の天皇家としばしば縁戚関係をもち、古代のわが国の政治に大きな影響を与えた。 大和朝廷の成立と、初期の発展とに大きく関与した。

物部守屋が、新輿の蘇我氏を中心とする勢力によって滅ぼされ、物部氏が力を失なっても、古代 に栄えた物部氏についての伝承は、忘れがたい記憶として、『先代旧事本紀』を中心として、『古事記』『日本書紀』をはじめとする諸文献のなかに残ったのである。

『先代旧事本紀』などの伝える物部氏についての伝承のあるものは、将来、関連科学の発展にともな って、さらに解明される余地が、十分にあると思われる。

たとえば、『先代旧事本紀』の「国造本紀」を見れば、尾張、三河、遠江方面の国造に、しばしば、饒速日の尊の子孫が任命されている。

そして、この地域は、最末期の銅鐸である「三遠式(三河・遠江に発見例の多いことによる)の銅鐸」 が、しばしば出土している地域である。

すでに私は、『古代物部氏と「先代旧事本紀」の謎』(勉誠出版刊)のなかで、饒速日の尊系勢力の 東進と、三遠式の銅鐸とのあいだには、関連がありそうであることを論じた。

『先代旧事本紀』は、もっとさまざまな面から、探究されてしかるべき文献である。

この本は、大きく三つの編と一つの付編とからなる。
  • 第1編 『先代旧事本紀』は、だれが、いつ、編集したのか
  • 第2編 古代諸氏族と『先代旧事本紀』
  • 第3編 『先代旧事本紀』研究史上の重要文献
  • 付編 偽書『先代旧事本紀大成経』事件
第1編におさめた三上喜孝氏の「『先代旧事本紀』はどのように読まれてきたか」は、『先代旧事本 紀』についてのわかりやすい紹介になっていると思う。『先代旧事本紀』についての、よいガイドで あるといえよう。

この編の鎌田純一氏の「『先代旧事本紀』の成立について」は、『先代旧事本紀』についてのもっと もまとまった研究書『先代旧事本紀の研究』(吉川弘文館刊)の主要部をなす一章の紹介である。

鎌田純一氏の『先代旧事本紀の研究』は、現在では、入手がややむすかしい本となっている。

しかし、インターネットなどで検索し、注文すれば入手可能な本であるので、この本におさめた鎌 田氏のご文章などを出発点として、鎌田純一氏の『先代旧事本紀の研究』そのものにとりくんでいた だければと思う。

第2編では、『先代旧事本紀』を出発点とし、古代諸氏族についての探究が行なわれている。そこ では、国造家諸氏族、吉備氏、そして、物部氏がとりあげられている。

第3編「『先代旧事本紀』研究史上の重要文献」では、御巫清直(みかんなぎきよなお)の『先代旧事本紀析疑』の現代語訳などをおさめた。

御巫清直の『先代旧事本紀析疑』は、鎌田純一氏の研究があらわれる以前においては、もっともま とまった、もっとも徹底的な、『先代旧事本紀』の探究書であった。

御巫清直のこの書は、問題提起のシャープさ、それまでの諸研究の博捜紹介と、徹底的検討などに おいて、いまなお輝きを失なっていない。

ただ、明治期に成立した文献だけに、現代人にとって、原文はやや読みにくい文章になっている。 そこで、この本では、現代語訳を提供した。

付編の「偽書『先代旧事本紀大成経』事件」は、原田実氏の「もう一つの『先代旧事本紀』?」か らなる。

最近、津軽(青森県)の古代史と称する『東日流外三郡誌』をめぐって、青森県の東奥日報社の斉 藤光政氏の『偽書「東日流外三郡誌」事件』が刊行され、評判になっている。

いつの時代でも、偽書を製作する人はいるのである。

『先代旧事本紀』の本文は、物部氏系の編者が、みすからのもっていた諸資料、そして、『古事記』『日本書紀』をはじめとする先行諸文献からの書き抜きなどを、一応大まかに整理して、ノートに書き写してみただけ、といったおもむきもある。

『先代旧事本紀』の「序文」そのものは、ほとんどあきらかに「偽書」といえる。本文を読んだだれ かが、後代におぎなったものと推測される。

『先代旧事本紀大成経』は、さらに『先代旧事本紀』そのものにもとづく偽書である。

『先代旧事本紀』は、不完全な部分をもつ史書である。そして、あきらかに異臭を放つあやしげな「序文」をもつ史書である。偽書づくりの素材となりやすい面をもっていたといえるであろう。欠けているところが多ければ、それをおぎなってみたくもなるものである。 原田氏の「もう一つの『先代旧事本紀』?」は、偽書『先代旧事本紀大成経』事件の顛末を、わか りやすい文章でまとめたものである。

なお、『先代旧事本紀大成経』は、神道大系編纂会から刊行されている。活字本を入手することは、 それほどむすかしいことではない。

以上ざっと見てきたように、『先代旧事本紀』は、重要であるが、いろいろな問題をはらむ史書で ある。

それだけに、私たちの心をひきつける面をもっている。

『先代旧事本紀』に関心をもたれ、このような本の刊行にご尽力をいただいた批評社のスタッフのみ なさんと、制作にあたられた方々とに、深甚の謝意を表する。

2007年4月1日   


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