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韓国国立慶尚大学 招聘教授 新井宏氏の論文抜粋

泉屋博古館の解析には重大な誤り



1.はじめに

平成16年の5月15日から16日にかけて、日本のマスメディアは一斉に「卑弥呼の 鏡、中国鏡と成分一致、製作地論争に新展開か」と報じた。このところ筆者は日韓を往復 しながらの生活をしているので全く気がつかずにいたが、最近になってそのニュースを知 った。

非常に興味ある内容であり、さっそく関連する詳細な報告書「SPring-8を利用した古代 青銅鏡の放射光蛍光分析」(以下泉屋論文と略称)を入手し一読して驚いた。すくなくと も、金属考古学を多少でも知る者にとっては、とても容認しがたい議論がそこには展開さ れていた。

結論から言えば、銀と錫の比率を縦軸に、アンチモンと錫の比率を横軸にとって描いた グラフをもとにして、「舶載鏡」と「製鏡」の間に、原料差があるとした推論方法には明 らかに間違いがある。したがって、泉屋論文を踏まえて、5月15日に日本文化財科学会 で発表された講演趣旨、すなわち三角縁神獣鏡に関する測定結果を追加して、「舶載」三角 縁神獣鏡の原料は漢三国鏡と等しく、「製」三角縁神獣鏡はそれとは明らかに微量成分が 異なるとする結論にも誤りがある。

これをもし正しく言うならば、微量成分(銀、アンチモン)に差があると言うのではなく、 主成分である錫に差があると訂正されなければならない。

しかも、「舶載鏡」と「製鏡」の間で、錫が異なることは既に40年以上も前に、田辺義 一が化学分析により明らかにしているし、更には20余年前にも沢田正昭が蛍光X線分 析を利用して明解に示している。

このように問題の多い論文なので、既に間違いを指摘している方が多くいると思うが、 誤った情報をもとにして、三角縁神獣鏡の産地論争が行われるのを、金属考古学を研究し ている筆者としては見過ごすわけには行かない。重複するかも知れないが、以下泉屋論文 と日本文化財科学会の発表の誤りについて追及し、その論拠を明らかにしておきたい。

なお、泉屋博報告書の末尾には「これまで、鏡にかぎらず古代青銅器について、主要成 分以外の不純物として存在している微量成分に着目した研究はほとんどなされておらず… 」とあるが、これなどは60年以上も前の昭和12年に、梅原末治が小松茂、山内淑 人に依頼して行った55件にもおよぶ古鏡の分析事例について「まったく知らなかった」 ことを示していて極めて遺憾である。そこにはアンチモンをはじめとして、砒素、鉄、ニ ッケル、、亜鉛などの微量成分の分析が明示されているからである。


− 2章、3章省略 −


4.おわりに

以上によって、泉屋論文などで採用された図1の表示は、微量成分の差を表示するにはまったく意味のないものであったことを論証し得たと考える。前提条件である「アンチモンは」錫原料から」ということ自体が誤りで、アンチモンは銅原料からもたらされたというのが金属考古学では常識であったからである。

したがって、今回発表された泉屋論文の内容は、三角縁神獣鏡の原料組成の差について何の情報ももたらしていない。だから、三角縁神獣鏡がどこで造られたか議論するためにはまったく役立たないと結論できる。

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