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第227回 会場移転記念講演
新発見ニュースによる邪馬台国論争

 

 1.邪馬台国論争の諸説と現状

長年にわたって邪馬台国がどこにあったか議論されているが、魏志倭人伝の記述が情報不足であるため、なかなか結論が出ない。

今回は、現在の邪馬台国論争の状況を眺めながら、なぜ問題が解けないか考えてみる。

■ 現在の邪馬台国説の主流

邪馬台国九州説と畿内説は他の説に比べると常識的な主張であり、現在の邪馬台国論争は主にこの2つの説の間の議論になっている。

九州説は東京帝国大学東洋史教授の白鳥庫吉が主張し、畿内説は京都大学教授の内藤湖南が主張したことから、九州説を主張する東大と近畿説を主張する京大の構図が出来てしまった。

■ 極端な邪馬台国説

極端な地域を主張する説がある。

  1. エジプト説
    バイロンの評伝やプラトーンの翻訳で知られる木村鷹太郎氏が唱えた説。卑弥呼は 九州の一女酋ではなく、エジプトの女王だとする。 専門の分野ではそれなりの実績を残した学者だが、邪馬台国問題については言っていることがめちゃくちゃである。

  2. ジャワ説
    匈奴史、北アジア史などで知られている内田吟風氏(神戸大学名誉教授)が唱えた。魏志倭人伝や後漢書の邪馬台国の記述から、邪馬台国は、日本のずっと南のジャワ・スマトラあたりとしか読めないとした。しかし、魏志倭人伝の記述から、ジャワ説は距離的に無理があるように見える。

  3. その他
    魏志倭人伝の中から邪馬台国の特徴を全部ピックアップし、それらの特徴にぴったり 一致する場所を捜した結果、四国の山の上にしかなかったとした説もある。 しかし、魏志倭人伝の記述の七万戸が住むには無理があるように見える。

このように、邪馬台国については、穏健なものから過激なものまでさまざまな説があって、それぞれが自説の正当性を主張しあい、決着がつかない。



 2.邪馬台国論争へのアプローチ

なぜ、長年にわたる議論に決着が付かないのか、また、このような極端でとっぴな説がなぜまかり通るのか。これは、邪馬台国問題解決へのアプローチに問題があり、それぞれの説の正否を判断するときの、方法論や判断の基準が曖昧なことが大きな原因である。

まず、物事のとらえ方についていくつかの立場を紹介する。
  1. 現象学的な考え方

    自分が意識しないときには、外部世界が存在するかどうか分からないとして、客観的外部世界の存在について判断をしない。純粋な意識の体験としての現象についてのみ、その本質を記述できるとする。

    この考えに立つと、自分の意識に登ったイメージのみが真実であることになり、前に記した「エジプト説」「ジャワ説」などは、それぞれの意識体験として「九州説」「畿内説」と同等に扱われる。客観的存在の妥当性とは別次元での議論となって、論争の正否判断が難しくなる。

    つまり、邪馬台国はエジプトだとしても、ジャワに持って行ったとしても、それはそれでいいのだと言うことになってしまう。このような現象学的なアプローチでは邪馬台国問題は決着しない。

    邪馬台国問題を解くには、現象学的な立場とは逆に、意識するしないにかかわらず邪馬台国は客観的に存在したと考える実在論の立場がまず必要である。その上でさまざまな情報から、実際に存在した邪馬台国がどのようなものか再構成していくことになる。

  2. パスカルの演繹型の考え方

    議論の出発点として公理を定め、ここから演繹的な論理展開で結論を得る。公理は「一見して誰もが納得できるようなかたち」で「それ自身で完全に明証的なことがらのみ」とする。結論は、誰もが認める公理を出発点として論理的に得られたものなので、その正しさが保証される。

    しかし、社会科学、人文科学などの分野では、だれもが認める事実というものは案外少なく、結局「まあここらあたりが、だいたい正しいところかな」ということがらを前提にして議論を展開しなければならないことがしばしばある。このような場合にはパスカルの演繹的なアプローチは活用できないという問題がある。

  3. ヒルベルトによる公理の考え方の大転換

    明証的な公理を元に体系化されたユークリッド幾何学の研究から、非ユークリッド幾何学が生まれたが、この過程でヒルベルトによって議論の出発点である公理についての考え方が大きく変化した。

    ヒルベルトの考え方では、議論の始めに置く前提や仮説はだれもが認めるような自明の理でなくてもかまわない。それによって他の仮説よりもより多くの事柄を矛盾無く説明できるのであれば、その仮説をとりあえず正しいとしておこうということである。

  4. 安本先生の考え方

    安本先生は、ヒルベルトの考えを反映した 仮説的実在(唯物)論の立場から邪馬台国の議論を展開している。

    たとえば、邪馬台国畿内説と九州説はどちらも仮説である。議論の焦点は、どちらの説がより多くの考古学的な事実や、魏志倭人伝などの中国史書および『古事記』『日本書紀』などの古文献の情報と矛盾無く整合するかということになる。

    邪馬台国の議論は、上述の極端な説にような思いこみや独りよがりではなく、客観的な情報によって仮説を検証していくこのような立場から議論を行なうことによって、はじめて実りある結論が得られる。



 3.仮説的実在論の立場から見た最近の邪馬台国事情

最近の邪馬台国にかかわる状況を検証すると、事実によって仮説を矛盾なく説明するという観点から見て多くの問題がある。畿内説論者は、矛盾に関してはあまりに無頓着である。具体例を示す。 

  1. 三角縁神獣鏡「スプリング8」問題

    • 朝日新聞は「泉屋博古館が最新鋭の放射光分析施設スプリング8で三角縁神獣鏡を分析した結果、鏡の材料は中国製のものと同成分であり、三角縁神獣鏡の一部が中国産である可能性が高まった」と報じた。

    • これに対する反論

      • 原材料が中国産であることと、製品が中国産であることは、まったく別の話である。原材料が輸入され、製品が日本で作られた可能性がある。

      • 中国製の同時代の青銅鏡と比較したといいながら、確実に中国で出土した鏡を一面も用いていないようだ。

      • 「日本製の鏡が日本製のまとまりに入った」としているが日本製とされているものの 原材料が、ほんとうに日本製の銅が用いられている確実な証明は何も行なわれていな い。

      • 韓国国立慶尚大学招聘教授の新井宏氏は、金属考古学の専門家の立場から、泉屋博古館の解析方法には重大な誤りがあり三角縁神獣鏡神獣鏡の生産地の議論にはまったく役に立たないと述べる。    >> 論文抜粋

    • 泉屋博古館の提示した内容は、鏡が中国製という仮説を検証するための事実にはなっていない。新しい情報はないのに最新鋭の「スプリング8」を使ったことで、新しい発見があったように見せ、樋口隆康氏などの権威で、正しいことであるかのように発表している。

      おかど違いの情報をマスコミに提示して、あたかも仮説の正しさが新事実によって補強されたように見せている詐欺まがいの行為については、考古学者の森浩一先生も問題視している。

  2. 邪馬台国畿内説と九州説

    どちらがより多くの客観的事象を説明できるかというポイントで見ると、たとえば、次のような客観的情報は、畿内説とは矛盾するものであり決定的に畿内説に不利である。にもかかわらず、畿内説論者たちの多くは矛盾を無視し、都合の悪いことにはいっさい言及せず、相変わらずマスコミも巻き込んで畿内説の主張を声高に続けている。

    • 鉄器の出土比較

      倭人伝には、倭人は鉄鏃を使うと記述する。
      福岡県と奈良県では「魏志倭人伝」の遺物である鉄鏃の出土状態が極端に違う。 福岡は398個、奈良は4個。その他の倭人伝記載の遺物についても同じ傾向。

    • 葬制 

      倭人伝は、倭人の墓は「棺あって槨なし」と記述する。
      奈良のホケノ山古墳の木槨木棺墓が見つかり、畿内説の根拠とされているが、木槨の存在は魏志倭人伝の記述に合わない。横穴式石室など、その他の近畿の墳墓についても、倭人伝の「槨なし」とする記述と合致するものはない。

      いっぽう、邪馬台国時代の墳墓とされる九州の平原古墳には木槨が存在しない。また、九州の甕棺墓や箱式石棺などにも槨がなく「棺あって槨なし」の記述と一致する。九州の墓制は倭人伝の記述と整合している。

 4.なぜ邪馬台国問題は解決しないのか

自説に都合悪い事実は一切無視し、都合の良い事実のみ強調・宣伝して事終れりという風潮や、あるいは、矛盾を含んだ主張や極端な説が堂々とまかりとおる現象は、現在の古代史や考古学の専門家の世界が、上に述べた現象論的な考え方や権威主義的な押しつけが通用する非学問的な世界になっていることを示している。

このような世界に安住する学界の権威や専門家が、「科学的証明」や「事実にもとづく検証」を行わず、客観的に仮説の正しさを確認する手順を踏んでいないことが、邪馬台国問題の解決を阻む大きな要因である。



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