前回の講義では、八つの母音をふたつに区別し、これを「上代特殊仮名遣」の甲類
乙類の別として説明した。
今回は上代の八母音について、乙類の「メ」および、乙類の「ミ」「ヒ」、「ビ」、「キ」、「ギ」をとりあげる。
- (1)乙類の「メ」
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■ 通則
諸文献に用いられている乙類の「メ」を観察した結果から、つぎの三つの通則(ルール)が
導かれる。
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同じ意味内容の単語に「ま」も用いられ、「め」も用いられる場合、その「め」は
原則的に、乙類の「メ」である。
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熟語の表現なかでは古い表現が残りやすい。
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乙類の「メ」を表す万葉仮名漢音は原則的に「バイ(マイ)」系統の音であり、甲類の
「メ」は「ベイ(メイ)」系の音である。「ai」の音からエ行乙類の音が出てきた。
■ 具体例
このような音の変化を理解すると、以下のようにいくつかの言葉について語源を探ることができる。
- 飴の語源
飴の「メ」は乙類である。甘の意味の「ama」に後置定冠詞的な「i」が付加されて「amai」となり、「ai」が乙類の「メ」になったとみられる。
- 蝿の語源
現代語の「はひふへほ」は古代では「ぱぴぷぺぽ」の音であった。
乙類の「へ」は「pai」の音にさかのぼれるので、蝿の古代音は「papai」とみられる。
「i」は、後置定冠詞的なものなので蝿は「papa(puapua)」となるが、古代の日本語では
濁音が語の頭にくることはなかったので、「baba(buabua)」というような音がもとであったと思わ
れる。つまり「ぶんぶん」と羽がうなる音を表現したのでははないか。
- 船竅iふなのへ)の語源
「ふなのへ」の「へ」は「pai」にさかのぼりうる。「i」を取ると、「pa」になり、
「は」は「端(ふち)」の意味になる。
- 鮫の語源
「さめ」の「め」は乙類の「メ」で、「mai」にさかのぼる。「さ」は「tsa」となり、
古代語は「tsamai」となる。「i」をとると、「tsama」となる。「鮫」は目が細いから
「狭目」となったとの説がある。
- 梅の語源
「梅」の漢字の呉音は「mai」である。上代の「mai」の発音に近い。「梅」の「め」は中国音が変化して乙類の「め」なったという説は正しそうである。
- (2)乙類の「ミ」「ヒ」「ビ」「キ」「ギ」の音価
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■ 通則
諸文献に用いられている乙類の「ミ」を観察した結果から、乙類の「ミ」「ヒ」「ビ」「キ」「ギ」の音価について次の通則(ルール)が導かれる。
- 同じ意味内容の単語に「む」も用いられ、「み」も用いられる場合、その「み」は、原則的に乙類の「ミ」である。
このような通則が成立する理由は「mu」に「i」の音が付加されて「mui」になり「ミ」
に変化した。
■ 具体例
- 杉の語源
「まっすぐなもの」の「すぐ(sugu)」に「i」の音が付加されて「sugui」になり「gui」が「乙類ギ」に変化
した。