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筆者 梓書院 田村明美社長

日本経済新聞より転載

プロもアマも邪馬キスト

幻の国の謎に迫る季刊誌に1000以上の論文

「倭人在帯方東南大海之中、依山島為国邑」(倭人は朝鮮半島の帯方郡東南の広い海の中に住み、 山や島によって国や村を作っている)−−。

こうした書き出しで始まる「魏志倭人伝」は、 わずか二千字あまりの漢文に過ぎない。三世紀の日本についての短い描写が、千数百年もたった後に邪馬台国ブームを生み 出すとは、当時の中国の人々は予想していなかっただろう。


79年に福岡で発刊


梓書院 田村明美社長福岡市にある我々の小さな出版杜は1979年に「季刊・邪馬台国」を発刊し、それ以来20年以上続けている。今も全 国の「邪馬キスト」たちの議論は尽きることがなく、毎号約230ページを約2万部、全国に発信している。

専門家とアマチュアとの懸け橋の役を担おうというのが当初からの編集方針だ。編集長の安本美典産能大教授は、邪馬台 国は北部九州の甘木にあったとする九州説の立場だが、もちろん畿内説でも、そのほかの説でも論旨が通っていれば掲載を ためらうことはない。

重要な発見や発掘は、その後の検証まで踏まえて特集する。最近では奈良県のホケノ山古墳や五条野丸山古墳の專門 的な研究を企画した。国際的な視野から中国の研究者に原稿を依頼することもある。

面積30平方メートル、社員6人の所帯なので、締め切り間際は皆でかかりっきりになる。これまでの 寄稿者は延べ千人を超えた。80歳を超えても編集室まで出向いて寄稿してくれる方や、百号まで前払いしてくれた読者の 方もいる。

邪馬台国についての最大の関心事は、なんといっても所在地探しだ。実はこの論争は江戸時代から続いていて、新井白石 や本居宣長らが取り上げていた。


芥川賞作家が後押し
しかし歴史学者、考古学者のアカデミックな研究対象から、現在の一般のアマチュアも参加できるようになったのは、こ こ40年ほどに過ぎない。67年に島原鉄道の常務、宮崎康平さんの出版した「まぼろしの邪馬台国」がきっかけだった。

宮崎さんは目が不自由で、魏志倭人伝を耳から聴いたその音感から邪馬台国が島原にあったと推理した。この本は大変な ベストセラーになった。私も一度、宮崎さんにお会いしたが、何かしら近寄りがたい雰囲気を持った方だった。

さらに松本清張さんの「古代史疑」、高木彬光さんの「邪馬台国の秘密」などが出版されるたびに邪馬台国ブームが生ま れ、多くの邪馬キスト誕生のきっかけを作った。

東京での編集者経験を経て福岡で出版社を立ち上げた私は、九州から出して意味があり、全国に通用するテーマの雑誌を 創刊したいと願っていた。邪馬台国に絞ってみたらと勧めてくれたのが長崎・諌早市の作家、野呂邦暢さんだ。73年に 「草のつるぎ」で芥川賞を受賞した野呂さんは、現代小説から時代小説まで幅広く手掛けていたが、「諌早説」の邪馬キ ストでもあった。

シャイで人見知りが激しい野呂さんも、同郷、同年齢の私には古代史への興昧をとうとうと語ってくれた。地方の小出版 社が継続して季刊誌を発行し続けることができるか私は不安だった。しかし野呂さんは自分が編集長になるから、とまで熱 心に言ってくれ、迷いが吹っ切れた。

それほど熱心だった野呂さんが、四号を刊行した時に40代の若さで急死されたことは今でも残念だ。二代目編集長が現 在の安本教授になる。


多い「おらが」原稿

一号あたりの寄稿は約30人。中には本誌が掲載した研究が評価されて大学教授になった人もいる。宮崎公立大教授だっ た奥野正男さんもその一人だ。鉄器の出土分布から推測して福岡県南部の邪馬台国説を寄稿。内容が素晴らしかったので学 界に迎えられた。

ただ整合性に難があったり、空想的な原稿も少なくない。採用できるのは数人に限られる。

結構多くて困るのが 「卑弥呼が夢枕に立って、邪馬台国はここだというお告げがあった」というたぐいの原稿である。地 域は問わず、その場所はたいてい自宅の裏山であったりする。詳細な自宅付近の地図も添付されてくるのが特徴だ。

こうしたお国自慢の投稿を、編集部内では「おらが邪馬台国原稿」と呼んでいる。しかし一般的にはアマチュアの方の原 稿は既存の固定した枠組みにとらわれない分だけ、発想が自由で思いがけない展開や結論に導かれることがあって読んで いて楽しい。

邪馬台国論争にも時代背景があり、戦前は古事記より魏志倭人伝を重視する勇気ある研究はまず無視されたという。 こうした過去の埋もれた研究を発掘する作業にも、新たな邪馬キスト発掘と共に励んでいきたい。
(たむら・あけみ=梓書院社長)


−平成14年7月10日の日本経済新聞朝刊に掲載された記事を、筆者と日本経済新聞社のご了解を得て転載−


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