TOP>活動記録>講演会>第253回 一覧 次回 前回 戻る  


第253回 
津田左右吉説、古田武彦説の検討 
古代史探求の方法

 

1.津田左右吉説などの検討

■津田左右吉説

津田左右吉の学説は19世紀的文献批判学であり、疑わしい資料は採用せずというものである。しかし、19世紀的文献批判学では架空の物語と評されていたギリシャ神話であるが、神話を信じたアマチュアのシュリーマンによってトロイの遺跡が発見されたように、19世紀的文献批判学は真実に迫る方法としては大きな欠陥があることが分かってきている。

津田左右吉説を是とする時、『古事記』『日本書紀』を資料として使えないので、かなり無理を犯して論証をしなければならず、その結果、とんでもない空想的な説を主張する人が現れる。また、それに付和雷同するひとも多い。

『古事記』『日本書紀』を否定してしまうと、『魏志倭人伝』だけが資料と言っても過言ではない。そうすると、邪馬台国を探るために利用できる情報は次のような非常に限られたものになる。そして、この限定された情報から考えても、邪馬台国は九州とするしかない。

  • 距離についての情報

    技術者の藤井滋氏は『東アジアの古代文化』1983年春号に載せた論文「「『魏志』倭人伝の科学」でおよそ次のように述べる。

    帯方郡から女王国までの全体の距離が、12,000里である。

    ここから帯方郡から狗邪韓国までの七千余里と、狗邪韓国から末慮国までの三千余里を差し引くと残りは二千里ほどになる。

    すなわち、末盧国から邪馬台国まで約1500里から2500里の範囲にあることになる。

    これを図示すると、右図のようになる。この範囲外に、邪馬台国を比定する論者は、その正当な理由を明示する必要がある。

    邪馬台国を畿内に持って行くのは到底無理である。

  • 方向についての情報

    『魏志倭人伝』には「南、邪馬台国にいたる。女王の都するところ」と述べられているだけではない。「女王国より以北は、その戸数・道里は略載するを得べし。」とも述べられている。

    戸数・道里を略載されているのは、投馬国、一支国、末盧国、伊都国、奴国、不弥国である。これらは「女王国の以北」にあったのである。すると、女王国は、これらの国、例えば、伊都国の南にあったことになる。

    また、『魏志倭人伝』は次のようにも記す。「女王国より以北には、とくに一大卒をおいて、諸国を検察させている。(一大卒は)つねに伊都国に(おいて)治めている。」  ここでも伊都国は、女王国の北だと記されている。つまり、女王国は、伊都国の「南」だというのである。

    このように、『魏志倭人伝』には三度にわたって邪馬台国は伊都国の南と記しているのである。

    南を東に読み替えて邪馬台国を畿内に持って行く邪馬台国畿内説論者は、『魏志倭人伝』に三度も記されている「伊都国と邪馬台国」との位置関係についての方向記事が三度とも誤りだというのだろうか。
■考古学的邪馬台国説(畿内説)

 諸遺物福岡県奈良県
『魏志倭人伝』記載の遺物

大略西暦300年以前
弥生時代の遺物
弥生時代の鉄鏃398個4個
鉄刀17本0本
素環頭大刀・素環頭鉄剣16本0本
鉄剣46本1本
鉄矛7本0本
鉄戈16本0本
素環頭刀子・刀子210個0個
絹製品出土地15地点2地点
10種の魏晋鏡37面2面
古墳時代の遺物

大略<西暦300年以後
三角縁神獣鏡49面100面
前方後円墳(80m以上)23基88基
前方後円墳<100m以上)6基72基
考古学的に見れば、『魏志倭人伝』に記されるもので、遺物として出土するものは、圧倒的に九州のほうが多い。

例えば、『魏志倭人伝』に倭人は鉄の鏃を使うと記された鉄鏃をみても、福岡県から398個も出るのに、奈良県からはたったの4個しか出土しない。

畿内説の考古学者はこのような事実を全く無視するのだから、非常に無理なロジックを作らざるを得ない。

客観的情報からスタートするのではなく、はじめに「畿内説」ありき、というところから始まる。大学や研究室には、「畿内説」でなければ残れない。

畿内説の牙城の京都大学は、近畿にある。かつての王城の地だ。そこを発掘すれば、当然、多くのものが出土する。地の利が与えられている。発言の機会も与えられやすい。マスコミを通じて、盛んに畿内説が喧伝されるのはこのような背景があるからである。

考古学だけでストーリーを書くのは難しい。英語でヒストリーというのは物語という意味も持っているのだが、津田左右吉説や考古学的邪馬台国説では、ストーリーなき古代史になってしまう。
 
■古田武彦説

『東日流外三郡誌』事件の経験から、古田武彦氏の言うことは信頼できない。インチキ臭い。

その理由は、古田氏が自説の正しさを証明するために、偽物の古文書を作ろうとした事実があることである。

古田氏と安本先生が『東日流外三郡誌』の真贋論争で渡り合っていたころ、二人の論争をNHK「ナイトジャーナル」で見ていた詐欺師が、古田氏に「寛政年間の偽の古文書の製作」を持ちかけた。

古田氏は、「サンデー毎日」で、『東日流外三郡誌』の寛政年間に書かれた原本があり、真贋論争は、それを公開することで決着するといっていた。そこに詐欺師がつけ込んだのである。

なんと、古田氏は200万円を支払って詐欺師に「寛政年間の偽の古文書」の制作を依頼したのである。

偽物の作成を依頼してきた古田氏は表沙汰にできないと読んだ詐欺師は、200万円を着服したまま、古田氏から注文された「寛政年間の古文書」を作らなかった。古田氏は詐欺に引っかかったのである。

あろうことか、この詐欺師は、同じ話を安本先生にも持ちかけた。古田氏が寛政原本を公開した時に、同じものが安本先生の手元にもあることになり、古田氏が偽物を作ったことが露見する仕組みになるというのである。

犯罪心理学の専門家である安本先生は、詐欺師の意図を見抜き、電話の録音テープなど、証拠をそろえて弁護士とともに詐欺師を問いつめた結果、全貌を白状したという顛末であった。(上図)

古田氏は、最近、また寛政原本が出たと騒いでいる。懲りずにまたインチキをくり返しているのであろう。

古田氏は著書の中で次のようなことを記している。「私は愛国者である。愛国者は真実を望む。それゆえ虚偽の歴史像は許せない。」

こんな不正を企てたにもかかわらず、声高に「真実」という言葉を並べる人は、やはり信頼できない。

『東日流外三郡誌』は問題だが、古田氏の「九州王朝説」は別の話という人もいるが、これに対しては、安本先生は著書『虚妄の九州王朝』などで多くの推論の誤りや事実誤認を指摘しているので、興味ある人は読んでみて欲しい。


2.探求の構造

■ 真実を探求する方法

  • 素朴実在論
    外部世界は人間の意識から独立して存在するとする唯物論に近い立場。

    ただし、マルクス・エンゲルスの唱える唯物論は外部世界が存在することは絶対に正しいと信じる信念的な立場であるのに対して、安本先生は、ひとまず外部世界が存在すると仮定しよう、という仮説的唯物論の立場

    外部世界を認識するということは地図を見るようなものである。地図をたどれば目的のところに到達する。地図に相当するものが言葉であり、数字であり、さまざまな法則である。

    我々は認識の道具として言葉を使うが、言葉は外部世界そのものではない。この場合の言葉は現実の特徴だけを捉えた地図といえる。数学も一つの言葉である。外部世界の認識を正確に与えるための道具である。

    日常の常識、常識的な論理による人間の判断は間違えることがある。これを補う手法 として、数学を駆使した統計学や確率論は有効な手段である。

  • フッサールの現象学
    上の立場に対する考え方として、フッサールの現象学の立場というのがある。

    この立場では、現象を直視した時に意識に直接現れることに注目する。外部世界の実在性については判断せず、純粋に意識に現れることについて分析し記述するというというものである。

    「読書百遍意自ずから通ず」というような研究の姿勢は、この立場であろう。
■ 事実と意見を分けること

事実による説得の方法について考えるとき、「事実」と「意見」を分けて考える必要が ある。私たちは、日常の議論などで、事実と意見とをしばしば混同する。

古代史の議論をするときも、上述の鉄鏃の数などは、客観的に検証できる事実であり、事実の基づく議論が必須である。これを、「考え方が粗雑である」とか「なじまない」とかのように意見の表明によって議論するとおかしなことになってしまう。

■ 演繹法と帰納法

科学上の結論にいたるロジックはこの二タイプに分けられる。
  • 演繹法
    ニュートンの『プリンキピア』やユークリッドの『幾何学原論』が演繹法の典型。

    演繹型は、ほぼ確実な少数の事実から出発して、自己完結的な、ほぼ完璧な体系を つりあげる。

    ひとたび体系ができあがったら、容易に破壊されない。ユークリッド幾何学は非ユークリッド幾何学ができるまでのおよそ2000年の歳月に耐えられた。

  • 帰納法
    ダーウィンの『種の起源』は帰納法の典型。

    現実に密着し、客観的な事実を徹底的に収集し、そこから帰納的な方法で、それらの諸事実を説明する一般法則を、仮説として導き出すというやりかた。

    一般社会や人文科学などでは、多くの場合、対象が著しく個別的な性質を持っている。演繹的な方法で説得するより、帰納的な方法のほうが、適している場合も少なくない。

    ダーウィンは、事実の基づく帰納的方法を科学の基本的な方法とし、その自伝の中で、科学を推し進める条件として、「事実と観察と収集に対する飽きなき勤勉」をあげている。

■ 公理についての考え方の変化
  • パスカルの考え方
    パスカルの方法は、「公理」と「定義」「論理」について明確な規則で規定し、公理をすべての議論の出発点、または、前提とする。

    パスカルの方法は、ギリシャのユークリッド幾何学が公理から展開されてさまざまな論証を行うように、「自明のものをのぞく、すべてのことばを定義し、また自明でないすべての 命題を証明しつくす」ということである。

    つまり、誰もが認めることを前提として、議論を進めて行き、だからこの結論は正しいのだということを認めさせるやりかたである。

  • ヒルベルトの考え方
    ところが、万人に承認されたとは言えない公理を元に、矛盾のない「非ユークリッド幾何学」が構築されたことから、パスカルの公理の考え方が揺らいできた。

    パスカルの方法に対し、ドイツの数学者ヒルベルトは公理の考え方を変え、公理は自明のものである必要はなく、たんに明確に定められた仮定で十分であるとした。

    すなわち、いくつかの仮定をおき、そこから形式的に結論を導いて、そこに矛盾 を生じなければよいとする新しい公理主義である。

    物理学者で科学哲学者のルドルフ・カルナップは、この新しい公理主義だけが、科学的方法であるとした。
パスカル的なやり方は、論証としてはスマートだが、柔軟さにおいては、ヒルベルトの方法のほうが、すぐれていることが多い。

■ 安本先生の古代史についての仮説系

安本先生は、ヒルベルトの考え方に従って、古代史を考える上で次のような仮説系を置いている。この仮説から出発することで、従来のさまざまな議論に比べ、より多くのこと説明することができる。
  • 【前提1】
    『古事記』『日本書紀』に記されている天照大御神以下の五代、および、歴代の天皇の存在、および、その順序は、一応信じられるものとする。すなわち、「代の数」は信じられるものとする。

  • 【前提2】
    「父子継承」記事は、信頼できないものとする。そして、用明天皇以前においても、継承関係がほぼ確かな、用明天皇から桓武天皇におけるのと、あまり変わらない形で、継承が行われたものとする。

    したがって、古い時代の諸天皇のなどのだいたいの活躍時期は、活躍の時期がはっきりしている諸天皇の、一代平均の在位年数をもとに、推定しうるものとする。
■ 論理による説得の手続き

西洋の中世のスコラ哲学にしても、天動説にして も、論理による説得の方法としては整ったものだった。

しかし、天動説の場合などのように、理屈はたしかにその通りだが、どこか違う、なにか腑に落ちないと感じる場合がある。

論理による説得は、よく注意しないと、このように、理路整然と間違う危険がある。

しかし、論理による方法はほかの方法に比べてきわめて体系的で構造的な知識をもたらすので、次のような手続きを踏んで、欠点を補いながらうまく活用するべきである。
  1. 具体的な多くの事実やデータから、比較的わずかな、いくつかの前提(仮説、 仮定)を導き出す(いわゆる「帰納」を行う)。

  2. そのいくつかの前提を出発点として、形式的にととのった、落ちのない 議論を展開し、結論を導きだす(「演繹」を行う)。

  3. その結論を、具体的な事実やデータと、いま一度照らしあわせて、矛盾することが ないかどうかを調べる(事実とつきあわす)。

  4. 矛盾したばあいは、いま一度前提を検討し、前提を修正するか、あるいは、ほかの もっと適切な前提を選ぶ。新たな前提によって、2以下の手続きを繰り返す。

  5. このようにして、矛盾なく対象を説明する体系がえられたならば、他を説得しうる ものとして、提示することができる。
得られた結論が現実と良く合致しているかどうかという検証が抜け落ちることが良くある。合致していないからと言って、データを捏造したり、操作したりしてはならない。

■パラダイムの変換

現代の科学的方法論では、ヒルベルトの新公理主義の考え方をもとに、議論の出発点となる仮説の任意性が主張されている。

前提は何でも良いということなので、仮説の設定の仕方によって、ものの 見え方、考え方が大きく変わってしまうことがある。これを「パラダイムシフト」 という。

良い例が、天動説から地動説に変換したことである。

この転回に端を発して、科学的な概念の枠組みが大きく変わった。

見る世界や宇宙にはなんの変化もなかったが、われわれが宇宙をみるときの姿勢や考え方にとって、この転回はきわめて劇的であった。


  TOP>活動記録>講演会>第253回 一覧 上へ 次回 前回 戻る