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国立歴史民俗博物館研究グループの
炭素14年代測定法による「箸墓=卑弥呼の墓」説の
学界での評価

(季刊邪馬台国106号 巻頭言)                      安本美典



季刊邪馬台国106号
「箸墓は卑弥呼の墓である。」こんな説を、『朝日新聞』の渡辺延志記者が、2009年5月29日(金)の「朝日新聞』朝刊一面の記事で報じた。

「朝日新聞』がとりあげているのならということで、他の新聞、NHKテレビのニュース、ラジオも、その日の夕刊以後などでいっせいにとりあげ、大さわぎとなった。

その内容は、千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館(以下、歴博と略す)の研究グループが、「炭素14年代測定法」という「科学的な方法」を用いて、奈良県桜井市にある箸墓古墳が、ほぽ邪馬台国の女王卑弥呼が死んだとされる西暦240〜260年ごろに築造されたことが推定できた、と発表した、というものである。

しかし、この情報は、歴博の研究グループが思いこんだ説を宣伝・PRするためのもので、まったくなんの根拠もなく、かつ、誤ったものであった。

誤りである理由・根拠などは、本誌でも、たびたびとりあげ紹介した。

その後の、今年の3月27日(土)に、大阪大学での、日本情報考古学会で、「炭素14年代法と箸墓占墳の諸問題」というテーマで、シンポジウムが聞かれている。

そこでは、歴博発表の内容が、ほとんど全面的に否定されている。歴博発表は、方法も結論も、誤っていると判断されているのである。

日本情報考古学会は、統計学者で同志社大学教授の村上征勝氏が会長で、理系の人の発表や、コンピュータによる考古学的データ処理などの発表も多く行なわれている。炭素14年代測定法などの検討には、もっともふさわしい学会といえる。

歴博グループが発表を行なった日本考古学協会は、旧石器時代の考古学から、歴史時代にはいってからのちの考古学までもあつかう一般的な考古学会である。

専門性において、炭素14年代測定法のような問題を十分検討するためには、かならずしもふさわしい学会とはいえない。かつ、日本考古学協会での歴博の発表は、いわゆる「研究発表」である。事前の審査はない。

発表するだけであれば、日本考古学協会の会員であれば、だれでも発表できるものである。発表時間は、5分ていどの質疑応答をふくめて25分という短いものである。十分に内容を、検討できるようなものではなかった。

それを、事前にりークしてマスコミ発表したものであった。

歴博の発表は、「学会で発表しました」という実績づくり、マスコミ発表のための、アリバイづくりであったようなところがある。

そして、日本情報考古学会でのシンポジウムなどは、専門性の高さゆえであろうか、パブリシティ活動(組織体が、みずからに有利な情報を、マスメディアに提供する活動)をとくに行なっていないためであろうか、マスメディアでは報道されていない。

日本情報考古学会の事務局では、「炭素14年代法と箸墓古墳の諸問題」のシンポジウムを開催するにあたり、歴博の研究グループの各メンバーに、パネル・ディスカッション(討議すべき問題について、数人の対立意見の代表者が、聴衆のまえで行なう討議)に、パネラー(討議を行なう人)として出席していただくよう熱心に交渉されたときく。

しかし、歴博グループのだれ一人として、パネラーとして出席することを、引きうけられなかったときく。

どうやら、本誌編集責任者の安本のように、データにもとづき、歴博発表の批判を表明している人物が、パネラーとして出席することに、抵抗があったようである。

しかし、歴博の研究は、多額の国費をつかって行なわれた研究である。かつ、マスコミで、あれだけ大々的に事前発表したのであるから、シンポジウムに出席し、反対意見に対しては、客観的根拠にもとづいて、正々堂々と論駁すべきである。その責任があるはずである。

マスコミ発表のみに専念するような方法、マスコミがとりあげれば、それで事たれりとするような方法は、批判をうけてもしかたがない。

それだけでは、科学的、学問的には、なんらの証明にもならないからである。

日本情報考古学会のシンポジウムでは、名古屋大学年代測定総合センターの中村俊夫氏、数理考古学者の新井宏氏、橿原考古学研究所の関川尚功氏、そして、本誌の編集責任者の、安本が、パネラーとして参加した。

とくに、新井宏氏は、詳細な根拠をあげて、歴博説の誤りを指摘された。

会場からは、まったくなんらの異論的質問などが提出されることはなかった。パネラーヘの賛意は、表明された。

これは、日本考古学協会での歴博研究グループの発表のさいの情況とは、まったく異なる。

その情況は、鷲崎弘朋氏が、2009年5月31日のブログで、つぎのように記しておられる。

「本日31日、早稲田大学会場にて、第75回日本考古学協会総会の研究発表会が行われ、私(鷲崎氏)も出席しました。国立歴史民俗博物館が29日に朝日新聞で発表した『放射性炭素14年代の測定結果によれば、箸墓の築造年代は240〜260年で、卑弥呼の墓』の、学会での正式発表です。

一言で言うと、『総スカン』でした。(中略)発表内容も、1月25日に千葉県佐倉市の国立歴史民俗博物館で開催された報告会(私も出席)と何ら変らない内容でした。

今回発表では、考古学協会事務局が時間の関係で打ち切りを宣言しましたが、最後の締めくくりが象徴的です。

『今日の雰囲気から分るように、これで考古学会のコンセンサスがとれたとはとても言えない、むしろ逆である。来られている新聞社にお願いしたい。今回も事前にりークされ朝日新聞の一面で報道された。我々考古学会は旧石器程遠事件の経験を持つ。新聞・報道各社は今日の状況を踏まえて報道してもらいたい』、これが全てを物語っている。」  



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